プリズム 〜4〜







   「まったく、兄さんは。急にカレーが食いたいって言い出して」


   「仕方がないですわ、譲殿。将臣殿は今、まだ自由に表を歩くことができぬのですから」


   「ったく、もともと老け顔なんだから、気にせず登校すればいいんだ」


   「でも、留学というものをなさっていて、日ノ本にはいらっしゃらないことになっているのでは?」


   「だから、面倒なんだ。兄さんの英語なんてどうせ通じっこないんだから
    途中で断念して帰国しましたって言えば、誰も疑わないだろうに」


   「フフ」


   「? 朔、何がおかしいんだ?」


   「いえ、私には同性の姉妹というものがおりませんので、羨ましいと思っただけです」


   「羨ましい? 分からない」


   「仲がよろしいからこそ、悪態をつくのですね、それが羨ましいような微笑ましいような」


   「朔のところもたいして変わらないじゃないか」


   「そ、そうでしょうか……。そんな風に見えていたなんて、『しょっく』ですわ」


そう言いながらも、まだクスクス笑う朔に


   「いっつも我が儘ばっかりで、上から目線で態度でかくて、感謝なんてこれっぽっちも」


   「でも、その我が儘を聞き入れて、このような雪が降り出しそうな夕暮れに
    わざわざ買い物に出られるではありませんか」


   「そ、それは…、ほら、あれだ、…行かないと、兄さんがもっと」


   「そんな譲殿の優しさが好きですわ」


   「ひどい我が儘を言い出し……え? 朔? 今、なんて?」


   「仲の良い御兄弟で羨ましいと、そう申し上げたのです」


   「そうじゃないだろう、確か、そんな言葉じゃ、ハクション」


   「急がないと、本当に雪が降り出しそう。さ、譲殿」


そう言うと朔は譲の手をつなぎ、自分のコートのポケットへそっと入れた。


   「さ、さ、さ、朔、朔! な、な」


   「こうすると、多少なりとも寒さが和らぎませんか」


   「あ、ああ、ああ、そ」


   「望美に教わったのです。
    こうして手をつなぎ、ポケットに入れて、お互いの手を温め合うのは
    『仲の良い人だけがする信頼と親切の証』だと」


   「せ、先ぱi」


そういう朔の温もりが、つないだ左手と言わず、寄り添われた左側全体から伝わって、
その温かさに顔が赤くなり、そんな自分が情けなくもあり、
意識するまいとの思いと、そんな自分を悟られまいとする思いから、
どうしても歩き方がぎこちなくなるのだった。


確かに手をつないで、その手をポケットに入れて歩くのは、歩きづらい。
   「うん、ちょっとだけね。でも、慣れればそんなことないよ」
そう望美が言っていたことを思い出し、

    譲殿は慣れておられないんだ

そう思うと

   「クス」

と思わず微笑んでしまうのだった。


   「さ、朔。い、今の『クス』は何だ?」


   「さあ、何でしょう。それより急ぎま……あ、雪……。
    とうとう降ってきてしまいましたね。
    さ、急ぎましょう。この雪は本格的に降りそうです」


   「話を誤魔化さないでくれ、朔」


   「さぁ、何のことですか?」


   「朔」










11/07/10 UP

NEXT→